症状固定(むち打ち損傷を例にして)

症状固定(むち打ち損傷を例にして)

 

 私は公益財団法人交通事故紛争処理センターの大阪支部の審査員を8年もしていますが,審査では,症状固定時期が争いとなる例があります。

症状固定後の治療費は損害とは認められないという形で争われます。

多いのは,追突によるむち打ち損傷(外傷性頚部症候群・頚椎捻挫・頚部捻挫という診断名が付けられます。統計では交通事故外傷の60%程度を占めます。)で,加害者の任意保険会社から症状固定だとしてその後の医療費の支払いを打ち切られたという形で揉めることがあります。

 

 症状固定とは,労災補償の法律で「治ったとき」と規定されている「治ゆ」の一つです。

「治ゆ」には完全治ゆと症状固定があります。症状固定とは「傷病の症状が安定し,医学上一般に認められた医療を行ってもその医療効果が期待できなくなったとき」をいうと通達で定義されます。

労災補償では症状固定後の療養補償(労災治療)は行いませんが,後遺障害が残った場合は障害補償を行います。

交通事故損害賠償などの民事賠償でも同様に考えます。というより,労災補償に準じて考えるということです。

 

 大ざっぱに言うと,民事賠償では,症状固定時までの治療費と休業損害が損害とされ,症状固定までの期間についての傷害慰謝料が損害と認められます。

そして,後遺障害が残った場合は,後遺障害逸失利益と後遺傷害慰謝料が損害と認められます。

 

 一方,医学的には症状固定という概念がありません。

医学部では症状固定という概念を習わないそうです。

健康保険等では,労災補償と違って後遺障害に対する保険給付がなく,症状固定の概念がありません。

症状固定後の対症療法等の治療も要治療と判断する限りは保険治療が行われます。

 

 したがって,症状固定とは,医学的概念ではなく,災害補償と民事賠償における法的概念だといえます。

問題は,上記の症状固定の総論的な定義では具体的事案への当てはめが充分にできないことで,損害賠償では,この点が争われることになります。

むち打ち損傷では,症状固定時期は事故から3か月後だとか6か月後だと加害者の任意保険会社が主張する例があります。

1995年のカナダのケベック調査団のいわゆるケベック報告などを根拠にそのように主張するのでしょう。

しかし,ケベック報告とは異なり,全体の27%が6か月以降も回復していなかったという海外の報告もあります。

現在では,むち打ち損傷は,むち打ち運動がない場合や低速度追突でも発症するというのが医学的知見ですが,むち打ち損傷の病理学的な発症機序は未解明で,その病態は多様で,確立した治療法はないとされています。

治療は急性期の安静と自然治癒力の促進という対症療法に終始します。

そして,むち打ち損傷の症状の慢性化・長期化の要因を指摘する調査報告は我が国でも外国でもありますが,衝突時の衝撃の強さが慢性化・長期化の要因であるとか衝撃の強さが治療期間に比例するといった報告は見かけません。

現在でも,我が国では,むち打ち損傷に関する確立した診療ガイドラインはなく,よくわかっていないということです。

 

 私は,むち打ち損傷の治療期間と症状固定時期は,具体的事案に即して,個別具体的な被害者の症状,それに対する治療の経過,実際の治療期間,治療の効果等を,実際に患者を診て治療を行っている主治医の判断や,レセプト・診療録・後遺障害診断書等から認定し,上記の医学的知見や調査報告も参考にして,法的判断をすればよく,かつそれで足りるというべきで,むち打ち損傷の治療期間や症状固定時期を一律に判断することはできないと考えて,交通事故紛争処理センターで審査員として裁定をしています。