破棄自判の最高裁判決②破産における相殺禁止の例外

破棄自判の最高裁判決②破産における相殺禁止の例外

 

 今回ご紹介する最高裁判例は、最高裁判所第3小法廷・昭和63年10月18日判決で、最高裁判所民事裁判例集第42巻8号575頁に搭載されています。

 

 この判決の判示事項(最高裁が法律判断をした事項)は3点で、それについて法律判断していますが、ここでは、1点だけご紹介して説明します。

 

 その判示事項は「破産債権者が支払停止又は破産申立前にされた取立委任に基づき支払停止又は破産申立のあつたことを知つてした手形の取立と破産法104条2号但書」で、裁判要旨は「破産債権者が、破産者が債務の履行をしなかつたときには破産債権者の占有する破産者の手形の取立又は処分をしてその取得金を債務の弁済に充当することができる旨の条項を含む取引約定を締結した上、支払の停止又は破産の申立のあつたことを知る前に破産者から手形の取立を委任されて裏書交付を受け、支払の停止等の事実を知つた後破産宣告前に右手形を取り立てたことにより負担した破産者に対する取立金引渡債務は、破産法104条2号但書にいう「支払ノ停止若ハ破産ノ申立アリタルコトヲ知リタル時ヨリ前ニ生ジタル原因ニ基」づき負担したものに当たる。」というものです。この判決は旧破産法時代の判決ですが、旧破産法104条2号但書は、現行破産法にも引き継がれていて、71条2項になっています。

 

 何が問題となったのか説明します。破産債権は債務者の破産によって実際上の価値が下落しています(例えば、100万円の破産債権は全額配当はされず、微々たる金額の配当金しか受けられません)が、破産債権者が破産者に対して債務を負担している場合に相殺すると破産債権者は自分の債務の範囲でその全額の弁済を受けたのと同じ経済的効果を得られます。破産法(破産だけではなく全部の倒産法でも同じ)では相殺には担保的な機能があるので、担保権を保護するのと同じように相殺できる権利を相殺権として保護しています。しかし、相殺は債権者平等原則に反しますから、破産者が破産開始前の危機時期(支払い停止など)になった時以降に破産者に負担した債務で相殺をすることを禁止しています。これを相殺の禁止と呼んでいますが、その場合でも一定の例外事由があれば相殺をすることを認めています。その例外の一つに「破産債権者が破産者の危機時期を知るより前の原因に基づいて」危機時期に負担した債務である場合は相殺を可能としています。相殺の期待を保護する必要があるからです。

 

 私の依頼者の信用金庫はA社に貸付金を有していたのですが、A社から手形の取立委任を受けて手形を預かっていました。両方とも金融機関の一般業務です。A社が破産開始前の危機時期になった以降に取立委任によって取り立てた手形金の返還債務と、破産債権となった貸付金とをA社の破産手続開始後に相殺できるかどうかが問題となったのです。金融機関の取引約定書には、金融機関は債務弁済を受けられなかった場合は手許に預かっている債務者の有価証券類(手形もこれに含まれます)を任意処分して自分の債権に充当できるという条項が定められています。この判決は、この条項を前提にして危機時期前に取立依頼を受けていた場合は、この取立委任は上記の「前の原因」になるから信用金庫は相殺ができると判断しています。

 

 手形の取立委任が「前の原因」になるかどうかは解釈に争いがあり、学説のほとんどは本件のような場合は「前の原因」にならず相殺は無効だとしていました。一審も控訴審も同じ見解でした。本件判決はこの見解を排斥して金融機関側に非常に有利な判断をしました。私は、一審・控訴審と敗訴して、上告しても無理かなと思ったのですが、結果的には上告して良かったと思いました。

 

 この判決後は、金融機関は、破産でも会社更生でも民事再生でも特別清算でも、大手を振って、危機時期中に取り立てた手形金の返還債務と貸付金などとを相殺しています。

 

 この判決は有名な判例となり、数多くの判例評釈がされています。今でも倒産判例百選に掲載されていますし、最近の司法試験の倒産法の問題としても出題されました。

 

 この訴訟は、A社の破産管財人から起こされた訴訟でしたが、最高裁で決着が着くまで8年以上の歳月がかかりました。この信用金庫はA社の総負債の80%程度を占める債権者でした。相殺可能と判断された額は510万円程度で、この額を直ちに破産管財人に支払ってもその大半は破産配当金になって受け取れたはずです。この判決で金融機関全体は喜んだかもしれませんが、この信用金庫にとっては、経済的には意味のない訴訟だったと思っています。ちなみに、この信用金庫は他の信用金庫に合併されて今は存在しません。