懐かしの十三

懐かしの十三

昨日の仕事帰り,約20年ぶりに淀川の花火大会に行ってきました。

 

阪急十三から会場の河川敷へと向かう途中,懐かしい気持ちでいっぱいになりました。

十三は,母校の北野高校がある場所。

中学生の頃,塾が面倒でよく休んでいた私は,塾の先生から「君は北野高校に行って鍛えられた方がよい。」と強く勧告され続け,そのおかげで,当初全く念頭になかった北野高校に進学することができました。

 

進学してまず驚いたのは,先生が皆厳しかったこと。

例えば,

体育教官室に入室するときには入る前に大声で「〇年〇組の〇〇です!〇〇先生はいらっしゃいますか?〇〇先生にお話があってまいりました!!」と叫ぶ,

授業開始前には必ず着席,遅刻は絶対に許されない

などなど。

先生のことを当然のごとく呼び捨てにするような中学校から進学した私は軽くめまい。

 

そして,体育がやたら厳しかったこと。

例えば,

ラジオ体操第2が完璧にできるまで追試がある(追試を受ける者は張り出される・私も張り出された),

50mプールでプールに苔が生える頃まで個人メドレーの追試を受けさせられる,

「断郊」と称する河川敷で開催されるマラソン大会に向けて,〇㎞走を体育の授業で複数回走らされ,そのたびに上位順位が張り出される

などなど。

 

宿題の多さ,

授業の難解さ(英語も社会も今振り返れば大学授業のよう。必ずしも入試には役立たない・・・。),

高3で受けていた北野高校オリジナル模試,

木の葉バッジ

などなど,北野のユニークさについては,同窓会でのネタが尽きることはありません。

 

さまざまな方面でずば抜けた才能を持つ友人達と出会い,刺激を受け,将来を語り合った日々,今振り返っても本当に貴重な時間だったと感じます。

 

私が通っていたときの校舎は既に建て替えられており(一部歴史的な意義があるとして保存されています。),当時の赴きとはかなり変わっていますが,それでも変わらず十三にあり続ける母校。

その前を通ったとき,さまざまな思い出がよみがえってきました。

 

昨日行った淀川花火大会の雰囲気は,高校時代に友人達とのんびり見たのとは全く違っていて,すっかり一大イベントになっていました。

自分がこの仕事を目指すきっかきけを与えてくれた場所に降り立ち,美しくもはかない花火に一瞬心を無にすることができた時間は,また明日から頑張る力を私に与えてくれたように感じました。

 

 

                                 (2015.8.9 弁護士久保田有子