杏花の村の酒家

杏花の村の酒家

晩唐の詩人の杜牧(とぼく)に「清明」という七言絶句があります。「清明」とは二十四節季の一つで「春分」の次の節季です。毎年の4月初め頃です。

50数年前、私が小学校高学年の頃、家族で行った神戸のトアロードにある「杏花村」という中華料理店の壁にこの漢詩を書いた額がかかっていて、父親が読んで父親なりの解説をしてくれました。小学校では漢文は習いませんし漢字ばかり書いてあって平仮名がないのですが、何となく意味が分かりました。「杏花村」はレトロな大衆的な中華料理店で、4年ほど前に事務局の人たちとハイキング帰りに行ったのが最後です。吉井昭先生と行ったこともあります。

大学入試以来漢文の勉強をしていませんが、杜牧の「清明」は、情景が目に浮かぶようで好きな漢詩です。こんな漢詩です。

淸明時節雨紛紛 路上行人欲断魂 借問酒家何処有 牧童遙指杏花村

(読み下し文)清明の時節雨紛紛(ふんぷん)、路上の行人(こうじん)魂(こん)を断たんと欲す、借問(しゃもん)す酒家(しゅか)は何れの処(ところ)にか有る、牧童遥かに指(ゆびさ)す杏花の村

(適当な私の解釈)暖かい清明の時節なのに、こぬか雨がしとしと降っている。道行く旅人(私)はこの雨に気が滅入ってきた。(酒でも飲まないと気が晴れないと思って)酒屋(酒を飲ませる店)はどこにあるかと、牛飼いの少年にちょっと聞いてみた。牛飼いの少年は(あそこにあると)遥か向こうに雨に煙って杏子(アンズ)の花が咲いている村を指さした。

「欲断魂」は「魂を断とうと欲する」という意味ではなく「魂が断たれようとしている」という意味だそうです。気が滅入ってきたということですね。

「路上の行人」ではありませんが、「法律上の悩みで欲断魂の方」にとって、当事務所は、「杏花の村の酒家」になれたらよいなと思います。もちろん事務所で酒は出しませんが。

 ちなみに、中国では「清明」には日本の「お盆」と同じように「墓参り」の風習があるそうです。「杏花村」でこの漢詩を読んでくれた父親が「清明」の頃に死んでから37年が経とうとしています。私は父親より7年も長く生きています。清明の時節になれば父親の墓参りに行こうと思います。