寝台列車

寝台列車

 

 昔から寝台列車が好きである。

 
 生まれて初めて乗ったのは小学生のとき。夏休みに両親にねだって上野-青森間を乗せてもらった。食堂車での食事にワクワクし,秘密基地のようなB寝台のカーテンを閉めてカタンカタンと枕木を通過する音を聴きながら眠った。
 2度目は高校卒業後の春休み。札幌-仙台間を1人乗った。まだ店のシャッターも開いていない早朝に降り立った駅の,ひんやりとした空気が思い出される。
 その後しばらく寝台列車を利用する機会はなかった。
 
 寝台列車は,特急とはいえそれなりに時間がかかり,運賃のほかに寝台料金もかかる。現代は飛行機や新幹線など高速化の時代。また,安さを追求するなら夜行バスという手段もある。このような状況を反映して,近年寝台列車は大きくその数を減らした。現在運行している寝台特急は,上野-札幌間を走る北斗星・カシオペア,上野-青森間のあけぼの,東京-出雲・高松間のサンライズ出雲・瀬戸,大阪-青森間の日本海,そして大阪-札幌間を結ぶトワイライトエクスプレスくらいである。
 しかし,寝台列車は,今新たな存在意義を放っている。単なる移動の手段とは一線を画し,乗車すること自体を楽しみとし,旅の目的になりうる存在として。
 
 司法試験合格前,私は毎週土曜日の午後,大阪の予備校の答案練習会に参加していた。JR大阪駅で降りてそこから予備校に向かうのだが,遠くのホームにはいつもダークグリーンのシックな列車が止まっていた。トワイライトエクスプレスである。
 忙しなく行きかう人の波の向こう側で,トワイライトエクスプレスはいつも悠然と佇んでいた。出発を待つ乗客も車掌らスタッフも他の人々とは違う空気をまとい,異空間にいるようだった。
 トワイライトエクスプレスは,大阪-札幌間の約1500キロメートルを約22時間かけて移動する。飛行機なら伊丹-千歳間2時間弱の距離である。その長旅を楽しもうとする人々故,ゆったりとした雰囲気が感じられたのかもしれない。
 いつしか「合格してトワイライトエクスプレスに乗りたい。」と思うようになった。
 
 果たしてその後司法試験に合格し,念願をかなえるときがやってきた。
 トワイライトエクスプレスは人気車両で,発売開始日には短時間で切符が売り切れてしまうという。旅行会社に手配を頼み,祈ること数日。日本海に沈む夕日を眺める大阪発は取れなかったが,札幌発のB寝台ツイン個室を取ることができた。
 札幌駅をゆっくりと滑り出す。サロンカーの大きな窓からはどこまでも続く北の大地。本を読んだり,うたた寝をしたりして,長い時間を楽しむ。夕食はレストランで予約したコース料理。子どもの頃食堂車でミートソースを食べたことが懐かしく思い出される。シャワー室で汗を流し,再びレストランのバータイムへ。海底駅を通過し,本州へ入る。翌朝,日本海を眺めながらレストランで朝食。コーヒーを飲み,新聞を読んでくつろぐ。やがてなじみの景色が車窓に広がり,大阪駅に到着した。
 
 効率優先の日常の中でこのような時間の使い方は贅沢以外の何物でもないだろう。トワイライトエクスプレスに乗って,まさに期待した通りの優雅な時間を過ごすことができた。
 もしいつか機会があるならば,今度はトワイライトエクスプレスに1室しかない車端部のスイートに乗ってみたいとひそかに願っている。
 
                            (H22.10.25 弁護士 江村純子)